データ分析レポート
2026.07.29
コラム
POSデータで読み解く消費行動③ ― 原油価格の急変は日用品の市場にどのように影響したのか ―
1. 今回のテーマについて
前回のコラムでは、「気温」や「景気」といった外部要因と売上の関係について整理しました。これらの要因は比較的ゆるやかに変化するため、売上との関係もなだらかに現れる傾向があり、その影響の大きさは商品分類ごとに異なることを確認しました。
一方で、すべての外部要因がこのように緩やかに変化するとは限りません。市場では、ニュースをきっかけに価格が短期間で大きく動く場面もあり、そうした急激な変化が市場への反応にどのような影響を与えるのかは、直感だけでは捉えにくいテーマといえます。
今回取り上げる原油価格は、こうした「急変する外部要因」の代表例の一つです。原油価格の上昇は、将来的な価格上昇への不安を通じて市場に影響する可能性がある一方で、不透明感から支出を抑える方向に働くことも考えられます。
本コラムでは、原油価格の急変に対して、日用品の購買がどのように反応したのかをPOSデータから確認します。特に、売上が増えたか減ったかという結果だけでなく、購買頻度や購入単位といった「買い方の変化」に着目し、分類ごとに反応の違いを整理していきます。
2. 使用データ
今回の分析では、主に以下2種類のデータを活用しています。
- 売上データ:日経が保有するPOSデータの小分類別の「千人あたり金額」「千人あたり個数」(日次)
- 「千人あたり金額」「千人あたり個数」は、千人の客が来店したときに、その商品がどれだけ売れたかを示します。地域・業態の規模や収録店舗数の変動に関係なく、商品の売れ行きを計ることができる指標です。
- 算出式:対象店舗・期間での販売金額合計/販売個数合計÷対象店舗・期間の来店客数合計×1,000
- 今回の分析では、単品レベルではなく、商品特性ごとの違いを見やすくするため、小分類単位で集計しています。さらに、本章では分析結果の特徴を明確に示すため、すべての小分類を対象とするのではなく、代表的ないくつかの分類に限定して比較を行っています。
- 原油価格の変化が短期間で発生することを踏まえ、売上データも月次ではなく日次で扱い、できるだけ細かい時間粒度で反応を捉えるようにしています。
- 原油価格データ:WTI原油価格(日次)
- WTI(West Texas Intermediate)は、世界的に広く参照される代表的な原油価格指標の一つであり、エネルギー価格の動向を把握するうえで基準となる指標です。
- 原油価格データには、米国連邦準備銀行セントルイス(FRED)が提供するデータを用いています(https://fred.stlouisfed.org/series/DCOILWTICO)。
- 原油価格は、輸送費や製造コストを通じて幅広い商品に影響を与える可能性があるため、消費行動との関係を分析する対象として採用しています。
- 特に今回は、「価格の水準」ではなく「短期間での変化」に着目するため、日次データを用いて分析を行います。
- 分析対象分類:日経POSの保有する分類のうち、以下の日用品小分類
- トイレットペーパー
- ポケットティッシュ
- 箱入りティッシュ
- 一般衣料品用液体洗剤
- 一般衣料品用粉末洗剤
- ラッピングフィルム
- コピー用紙
- 一般歯ブラシ
- 分析対象期間:2026/2/27~2026/4/7(日次)
- 分析対象店舗:全国約1,000店舗
- 日本経済新聞社が独自に収集している全店舗から、商業統計と照らし合わせたうえで、地域バランスを考慮して集計対象店舗を選定しています。
- 分析に活用した数表:
- 商品分類 × 日付 をキーとし、曜日情報、売上データ、原油価格を紐づけています。
- 売上(千人あたり個数・金額)は、商品分類ごと・日別に値が異なります。
- 原油価格は日付ごとに共通の値となり、同一日のすべての商品に対して同じ外部ショックとして作用します。
- 曜日は日付情報から付与しており、売上に系統的な影響を与える要因として扱っています。
- この構造により、同一の原油価格の変化に対して、商品分類ごとに売上がどのように異なる反応を示したかを、時系列と分類の両面から比較することが可能になります。
- 利用したデータのイメージ(例)
原油価格の影響を受けやすいと考えられるトイレットペーパーやティッシュ、洗剤などに加え、比較対象として、原油価格の影響を受けにくいと想定されるコピー用紙や一般歯ブラシも分析対象としました。
※ 表は左右にスクロール出来ます。
| 商品分類 | 日付 | 曜日 | 千人あたり 金額 (日次) |
千人あたり 個数 (日次) |
原油価格 (日次) |
|---|---|---|---|---|---|
| 610006 トイレットペーパー |
2026/02/27 | 金 | 1,000円 | 10 | 67円 |
| 610006 トイレットペーパー |
・・・ | ・・・ | ・・・ | ・・・ | ・・・ |
| 610006 トイレットペーパー |
2026/04/07 | 火 | 1,050円 | 11 | 115円 |
| 612001 一般衣料品用粉末洗剤 |
2026/02/27 | 金 | 500円 | 5 | 67円 |
| ・・・ | ・・・ | ・・・ | ・・・ | ・・・ | ・・・ |
| 751003 コピー用紙 |
2026/04/07 | 火 | 300円 | 1 | 115円 |
3. 分析におけるポイント
今回の分析では、原油価格と売上の関係をより適切に捉えるため、いくつかの点に留意して整理を行っています。
まず、原油価格については水準そのものではなく、「直前からどれだけ変化したか」に着目しています。価格の絶対水準よりも、急な変化のほうが消費者の判断に影響を与えやすいと考えられるためです。
また分析期間についても、原油価格が実際に動いた局面に限定しています。日常的な小さな変動を含めてしまうと、短期的な反応が埋もれてしまうため、変化が比較的明確に観察できる期間に絞ることで、結果の解釈をしやすくしています。
加えて、分析単位については、大分類ではなく小分類を採用しています。大分類では複数の異なる商品特性が混在してしまい、購買行動の違いが見えにくくなるためです。より具体的な商品特性ごとの反応を捉えるため、小分類単位で集計・分析を行いました。
さらに、売上の見方については、個数と金額のどちらか一方に依存せず、両者を並べて確認しています。購買回数の変化と、1回あたりの支出の変化は必ずしも一致しないためです。例えば、購買回数は減少しているものの、1回あたりの購入単位が大きくなることで、金額としては増加するケースも考えられます。このような違いを捉えるために、個数と金額を分けて分析することが重要になります。
4. 分析手法
本稿では、原油価格の変化に対する売上の反応を、日次データを用いた回帰分析によって整理します。
4-1. 変数の定義と基本的な考え方
まず、原油価格の変化は対数差分で定義します。これにより、価格の水準ではなく、「どの程度急に動いたか」を捉えることができます。

- $x_t$:原油価格の変化(その日にどれだけ価格が動いたか)
- $WTI_t$:t日目の原油価格
目的変数についても同様に、個数と金額のそれぞれについて対数を取り、変化率として解釈しやすい形にします。

- $y_t$:売上の変化(個数または金額)
- $q_t$:t日目の千人あたり個数
- $s_t$:t日目の千人あたり金額
ただし今回は売上の変化率そのものではなく、原油価格の変化(ショック)に対して売上水準がどの方向に、かつどの程度押し上げられるか(または押し下げられるか)を捉えることを目的としているため、対数差分ではなく対数水準のまま分析を行っています。
これは、原油価格の変化が瞬間的に発生するのに対し、その影響は数日間にわたって売上に現れる可能性があるためであり、こうした短期的な反応のパターンを把握するためです。
4-2. 回帰モデルの設定と推定方法
原油価格の変化が売上にどのように影響したかは、ラグを含めた回帰モデルによって評価します。これは、原油価格の変化と売上の関係を、日々のデータ全体から統計的に捉えるための方法です。
具体的には、各日の売上と原油価格の変化とのズレが最も小さくなるように、係数($\alpha, \beta_k, \delta_d$)を推定しています。いわゆる最小二乗法と呼ばれる手法で、観測されたデータに最もよく当てはまる関係を機械的に求めるものです。

- $y_t$:t日目の売上(千人あたり個数 または 金額の対数)
- $α$:基準となる水準(定数)
- $β_k$:原油価格の変化が、k日後の売上に与える影響
- $x_{t−k}$:k日前の原油価格の変化(対数差分)
- $δ_d$:曜日ごとの売上の違い
- $DOW_{d,t}$:曜日を表すダミー変数(その日がどの曜日か)
- $ε_t$:上記では説明できない変動
原油価格の影響は当日に限らず、数日遅れて現れる可能性があるため、過去の価格変化(ラグ)もモデルに含めています。ラグの長さについては、原油価格の変化に対する消費者の反応が比較的短期間に収束すると考えられることから、1週間程度(7日間)を対象としています。
このモデルにより、原油価格の変化が当日だけでなく、その後数日間にわたって売上水準をどの方向に、かつどの程度押し上げるか(または押し下げるか)を捉えることができます。また、$β_k$ がプラスであれば売上は増加方向、マイナスであれば減少方向に反応していると解釈できます。
同じ手法を個数と金額のそれぞれに適用し、その違いを比較します。
5. 分析結果
5-1. 分析結果の全体像
本章では、原油価格の変動が日用品の購買行動に与える影響について、分析結果を俯瞰的に整理します。
図1(購買個数)および図2(支出金額)は、主要カテゴリにおける反応のラグ構造を示したものです。横軸は原油価格変動からの経過日数(ラグ)、縦軸は購買への影響度(弾力性)を表しており、値がプラスであれば購買増加、マイナスであれば減少を意味します。また、ピークの位置やその後の減衰の仕方から、需要の時間的な変化を読み取ることができます。


まず全体として確認できるのは、原油価格の変動がすべての商品に一様に影響するわけではなく、カテゴリごとに反応の強さやパターンに明確な差が存在する点です。図1を見ると、紙製品を中心とした一部のカテゴリでは価格変動直後に大きな反応が現れる一方、他のカテゴリでは変化が限定的、あるいはほとんど見られません。
また図2においても同様の傾向が確認されており、観察される変化が単なる価格要因ではなく、購買数量そのものの変動として現れていることが示唆されます。
なお、本分析は比較的短期間のデータ(日次データ)に基づくものであり、観察される結果は特定期間における短期的な変動を捉えたものである点には留意が必要です。また、分析に用いているモデルも非常にシンプルな構造であり、結果の解釈は一定の前提に基づくものであることにも注意が必要です。したがって、ここで得られた知見は、長期的な需要構造というよりも、短期的な購買行動の特徴を示すものとして位置づけられます。
5-2. 商品カテゴリによる反応の違い
図1・図2をもとにカテゴリごとの反応を比較すると、いくつかの特徴的なパターンが確認できます。
まず、トイレットペーパーやティッシュといった紙製品では、原油価格の変動直後(0〜2日程度)に購買が大きく増加し、その後に減少する明確なパターンが見られます。図3では鋭いピークとして現れ、図4でも同様の動きが確認されることから、購買数量が短期的に集中し、その反動として後の期間に減少していると考えられます。このような形状は、購買を前倒しする「買いだめ行動」を反映していると解釈できます。


一方で、洗剤のカテゴリでは異なる挙動が見られます。購買個数(図5)においては比較的大きな変動が確認されるものの、そのピークは特定の1日に集中するのではなく、複数の日に分散して現れています。また、支出金額(図6)では個数ほど大きな変動は見られず、全体として比較的安定した推移となっています。


このことから、洗剤における変動は、紙製品のような需要の急増ではなく、購買タイミングや商品選択の調整として現れている可能性が高いと考えられます。すなわち、数量は変動しているものの、支出全体としては大きく変わらないという点に特徴があり、「需要の集中」ではなく「購買行動の調整」と捉えることが適切です。
さらに、ラッピングフィルムでは、石油由来の原料と関係が深いにもかかわらず、紙製品のような購買の増加は見られません。図7・図8でも全体として負の弾力性が続いており、需要の反動というよりも、価格変動局面において購買が後回しにされている可能性が示されています。
一方で、日経POSデータを用いた別の分析(2026年3月 「トイレットペーパー」と「ラップフィルム」に見る、消費者の動き | コラム | POSデータ分析は日経POS情報)では、ラッピングフィルムは紙製品よりも遅れて需要が現れる傾向も指摘されています。このことから、本分析で対象とした7日間という短期では購買の抑制が捉えられる一方、一定期間後に需要が発現する可能性があり、時間軸によって異なる動きを示す商品であると考えられます。
この結果は、原料との関係だけでは購買行動の変化を十分に説明できないことを示しています。
加えて、コピー用紙や歯ブラシでは、図7・図8ともにほぼゼロ付近で推移しており、原油価格の変動に対する反応はほとんど確認されません。これらの商品は一定の消費リズムに基づいて購入される傾向が強く、短期的な外部環境の変化によって購買タイミングが左右されにくいカテゴリであると考えられます。


以上のように、同じ日用品であっても、購買行動の変化はその商品特性によって大きく異なります。特に重要なのは、変動の大きさだけでなく、「どのタイミングに集中するか」「個数と金額の動きが一致しているか」といった点であり、これらを組み合わせて見ることで、購買行動の違いをより明確に捉えることができます。
5-3. 原油価格の影響のメカニズム
以上の結果を踏まえると、原油価格の変動が日用品に与える影響は、原料価格の上昇を通じて一様に波及するものではなく、選択的に現れていると整理できます。
図3・図4で確認されたように、特に紙製品では価格変動直後に購買が集中し、その後に反動が生じています。このような動きは、価格そのものの変化というよりも、将来の値上がりに対する意識や在庫確保の動きによって、購買が前倒しされた結果と考えられます。
一方で、洗剤では個数と金額の反応に差が見られ、購買数量は変動しているものの、支出全体は比較的安定しています。この点から、需要の急増というよりも、購入タイミングや商品選択の調整として変動が現れている可能性が高いといえます。
また、ラッピングフィルムでは原料としての原油との関係があるにもかかわらず反応は限定的であり、コピー用紙や歯ブラシではほとんど変化が見られません。これらの点を踏まえると、原油価格の影響は商品ごとの「原料特性」だけでは説明できず、「購買の必要性」や「ストックしやすさ」といった行動の違いによって左右されていると考えられます。
さらに、図1において多くのカテゴリで反応が初期に集中し、その後短期間で減衰していることから、原油価格の影響は持続的な需要変化ではなく、購買タイミングのシフトとして現れている可能性が高いといえます。
6. 今回の分析から得られた示唆
今回の分析から、商品分類によって「原油価格の影響の受け方」が大きく異なることが分かりました。この違いを整理できたことが、本分析における最も重要な成果です。
トイレットペーパーやティッシュといった紙製品では、原油価格の変動に対して短期的に大きな購買増加とその後の反動が見られ、いわゆる買いだめ行動が強く表れていると考えられます。このような商品については、過去の売上だけでなく、原油価格の動きやそれに伴う消費者心理の変化も踏まえて考える必要があります。
一方で、洗剤などのカテゴリでは、購買個数には変動が見られるものの、支出金額は比較的安定しており、需要の急増というよりも購買タイミングや商品選択の調整として現れていると考えられます。このような商品については、原油価格の影響を過度に見込むのではなく、一定の安定性を前提に捉えることが現実的です。
さらに、コピー用紙や歯ブラシのように、原油価格の変動に対してほとんど反応しない商品も確認されました。これらは消費リズムが安定しており、外部環境の変化をあまり意識する必要のないカテゴリといえます。
今回の分析は、「どの商品で原油価格を意識すべきか、どの商品では意識しなくてもよいか」を整理するためのものです。この切り分けを行うことで、需要予測や販売計画の考え方をシンプルにし、無理のない判断につなげることができます。
なお、本分析は比較的短期間の日次データに基づくものであり、観察された結果は短期的な購買行動の変化を捉えたものです。また、分析に用いているモデルも非常にシンプルな構造であり、複雑な要因をすべて反映しているものではありません。そのため、長期的な価格転嫁や需要構造の変化については、本結果だけで判断するのではなく、別途検討する必要があります。